「ビーズと衣装 – 織りあう手仕事の美学①」by 荒木晴美♪
衣装とビーズ ― 纏う装飾のはじまり
人はいつから、ただ身を覆うだけでなく、「纏う(まとう)」という行為そのものに意味を見出すようになったのでしょう。
衣服は身体を守るためのものですが、そこに色や形、装飾が加わると、不思議と心までも語りはじめます。装いとは、その人の内側にある感情や物語を、そっと外へにじませる行為なのではないでしょうか。
私が最初に向き合った衣装は、クラシックバレエの舞台衣装でした。
バレエ衣装は、静止して完成するものではありません。
アトリエで整えられているあいだは、まだ途中の姿にすぎません。踊り手が袖を通し、舞台に立ち、照明を浴び、音楽とともに動き出してはじめて、本当の表情を見せます。
布は空気をはらみ、光を受け、動きに呼応して静かにきらめきます。
舞台では、細かな装飾の一つひとつまで客席から見ることはできません。けれど、遠くから見てもその世界観が伝わらなければなりません。
だからこそ衣装には、光を受けるための工夫と、動きの中で効果を発揮する装飾が施されています。
私は、その「光を計算する仕組み」に強く惹かれていました。
舞台が教えてくれた光の構造

とりわけ憧れていたのは、パリ・オペラ座の衣装室です。中でも心を奪われたのが、ルドルフ・ヌレエフ版『白鳥の湖』第一幕でした。
整然と並ぶコール・ド・バレエのフォーメーションは、ひとつの大きな呼吸のように美しく、舞台全体が淡く揺らいでいるように感じられました。
古典を基にしながらも、淡い色彩や繊細な質感で統一された衣装。白一色ではない、わずかな色の重なりが照明に触れた瞬間、やわらかな光へと変わっていきます。
群舞が描く線と衣装のニュアンスが溶け合うその光景に、私は深く感動しました。
衣装は踊りを支える背景ではなく、舞台全体の空気をつくる存在なのだと感じたのです。
その構造を知りたくて、私は舞台のパンフレットやバレエ専門誌を何度も開きました。写真を目を皿のようにして見つめ、縫い目や刺繍の配置、装飾の粒の並びを追いました。
「どうなっているのだろう」という興味は尽きることがありませんでした。
モードから見つめた光

また、『VOGUE』や『mode et mode』、『装苑』や『anan』といった雑誌も繰り返し読みました。
舞台とは異なる世界でありながら、そこにもまた布と光の関係があります。誌面の中でモデルがまとう衣服は、光を含み、空気をまとい、物語を帯びています。
舞台もモードも、表現の場は異なっていても、「光にどう応えるか」という問いは共通しているように思えたのです。
布と光の境界線

布は光を受けて、はじめて輪郭を持ちます。
光もまた、布に触れることで形を得ます。
そのあいだに立ち上がる、目には見えないひとすじの気配。
私はそれを「布と光の境界線」と呼んでいます。
はっきりと見えるわけではありませんが、舞台を見つめるたびに、何度も感じてきたものです。
踊り手が回転し、群舞がひとつの線を描くとき、布と光は静かに溶け合います。その一瞬に生まれるきらめきが、観る者の心をとらえます。
装飾は単なる飾りではなく、その境界に触れ、光を増幅し、遠くへと届ける役割を担っているのだと感じるようになりました。
遠くからでも伝わる装飾とは何か。
光の中で生きる衣装とは、どのような構造をしているのか。
その問いは、今も私の中にあり続けています。
ひと粒の光へ

やがて私の視線は、より小さく、より繊細な存在へと向かっていきました。
それがひと粒のビーズです。
ビーズは布の上にありながら、独立した光を放ちます。動きに合わせて揺れ、瞬間ごとに異なる表情を見せます。
その小さな粒は、布と光が出会う場所にそっと寄り添い、そこに確かなきらめきを刻みます。
振り返れば、私の装飾の原点は、あの舞台の光の中にありました。
布と光のあいだに生まれるわずかな気配を、どうすれば留めておけるのか。その問いが、私を装飾へ、そしてビーズへと導いていったのです。
纏うということ

纏うとは、単に身につけることではないのだと思います。
光を受け、身体とともに呼吸し、その人自身の物語を静かに語ること。
装飾とは、その瞬間にそっと寄り添い、きらめきを与える行為なのではないでしょうか。
布と光が出会う、その静かな瞬間。
それが、私の装飾のはじまりでした。
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